玄関でブザーの音がするので行ってみると、町会長が立っていた。「町会費を払っていただけるでしょうか」と言う。毎年町会費は払っていたし、取り立てに来るのは近くの係りの人だったので、違和感は感じたけれど、「おいくらでしょうか」と金額を聞いた。

財布を取りに行って支払うと、「僕は言いたいことは言っちゃうんですよ。昔は、あれこれ考えて言わないでおくことが多かったんですが、人は他人が何を考えているかなんてことは気にしないんですね。それに気がついてからは言いたいことは言っちゃうんです」と言う。「確かに、他人のことについて考える余裕のある人なんていませんよね。皆、自分のことで精いっぱいです」と相槌を打つと、自分自身のことについてペラペラしゃべり出した。この人は精神的な問題を持っていると感じたが、知的レベルの高さが話ににじみ出ているので、相槌を打ちながら拝聴した。

そのうち、「あの鳥の鳴き声はどうやって出しているんですか」と聞く。町会長の持論ではないが、他人の家のどこかで鳥の鳴き声がしても、気にする人なんて滅多にいない。ところが町会長は鳥の鳴き声を聞いて心に強く引っかかるものがあり、どうしても確かめずにはいられなかったようだ。そこで、町会長の職権を使って町会費の徴収を買って出たのだ。普通の知的レベルではここまで頭は回らないし、知的好奇心のために一銭の得にもならないことをするようなこともない。着ているものをチェックすると、上から下まで陽のもので固めている。この人は天才なのだ、知的好奇心のためにここまでするのだと確信した。

「いやぁ、町会長は頭がいいですね。そこまで頭が回る人は滅多にいないですよ」と言うと、「そんなことはありません。頭は悪いです」と答えた。そこで、「心臓に問題があるんじゃないですか」と聞くと、即座に「心臓が悪くて、医者から飲酒の量を制限するように言われています。量を制限するのは難しいので、きっぱり止めてしまいました」と言う。

この答えには驚いた。陽好きの人間は、大酒を飲んで肝虚肺虚から心包虚肺虚になり、がんで死ぬことが多い。父も、庭の石は小石まで陽で陰の石など全くないというほどの陽好きだったが、囲碁の大天才、藤沢秀行と同じように陽のものに害があるものはないと信じて、毎晩大酒を飲み、藤沢秀行と同じようにがんで死んだ。

筆者の研究では、本当に陽好きの人間は、100歳になっても死ぬものではない。毎晩大酒でも飲まなければ死にはしないのだ。しかし、なぜ酒が陽なのか理解できないため、大酒を飲み、がんになって、死ぬ人が多い。父は、六法全書を丸暗記し、結婚式の仲人になったときには、新郎新婦の名前を入れた漢詩をその場で作ってしまうほどの天才だったが、なぜ酒が陽なのか理解できず、69歳で食道がんになり、70歳で亡くなってしまった。

町会長は、酒が脳の毛細血管のところにある血液脳関門を緩め、脳に必要な栄養が通りやすくなることを知っていたに違いない。食事のとき、ワインをスプーンに2杯ほど飲むと、脳に栄養が行き、頭の働きが良くなる。しかし、毎日1合も飲むとアルコール依存症になって大酒を飲み、肝虚肺虚から心包虚肺虚になってがんになる可能性が高くなる。町会長は、アルコール依存症から立ち直るために、きっぱりと酒をやめたのだ。

町会長は、やっぱり頭がいいのだ。「心臓に問題がある人は、鬱なのです。町会長くらい心臓が悪くなると、普通は、酷い鬱のため、日常生活が困難になるのですが、500万年を超える人類の進化の過程で脳の機能が発達したために鬱の症状が出ない人がいるのです。町会長はこのタイプです」と説明した。

2019/7/15